こんにちは。りこです。
毎日、子育てお疲れ様です。忙しい毎日をお過ごしのことと思います。
子供の様子を日頃からそばで見ていて大丈夫と感じていても、ふとした時に、まだ成長が足りてないなと感じる瞬間ってありますよね。
先日、子供とバスに乗った時のことです。
バスの乗客は多くはなかったのですが、座る座席はどの席も埋まっている状態でした。
子供には、近くの手すりにつかまるように言って、子供と並んで立っていたのですが、サラリーマンらしき男性が、席を立ちあがり、子供に席をゆずってくれたのです。
子供は、ぼーっとして何も言わず空いた席に座ってしまったので、「ありがとうって言いなさい。」と言い、子供に無理やり言わせたのでした。
もう、6歳なのに、なんでそんな事もとっさの間に言えないのだろう。子供のそんな態度ひちょっとガッカリしてしまう自分がいました。
子供もいつもそんな態度をとっているわけではないのですが、どうも、見知らぬ人から親切にされた場合、お礼の言葉を言えてないことがあるのです。
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無理やり感があってもいいの?
こんな時、あなたならどうしますか?
子供は感謝している気持ちがないのに、無理やりにでもお礼を言わせますか?
私は専門家ではありません。なので、断言することはできませんが、無理やりにでもお礼を言わせた方がよいのではないかと考えています。
自分自身も幼い頃、いつもいつも親切にしてくれる度に「ありがとう」は言えていない子供でした。
まだ、社会性が身に付いていなかった幼い頃の自分は、見知らぬ人にお礼を言う余裕等なく、『あなたは誰ですか?』という警戒心と戸惑う気持ちの方が強かったのです。
そんなことがある度に、私の横で母親が代わりに必ずと言っていい程、お礼を言ってくれていました。
私の母親の場合は、その都度「ありがとう」って言おうね、と私に言ったことはほとんどありませんでした。(私は気が利くタイプではないので、そんな母親の姿を見て、挨拶しなきゃなんて微塵も思ったことがありませんでした。)
母は、きっと必要なら自分でするようになるだろう、と思っていたのかもしれません。
でも、しばらく必要と感じることはなく、幼少の頃は、まったくと言っていいほどとっさの間には言えない子供でした。
だから、自分の子供が少しは言えているのを見ると、内心、すごいなとも思っているのです。
あれから、何年も経ち、今はちゃんと言える大人になりました。
結局、親をみるのだとこの歳になって実感しているのです。
子供は、成長につれて様々な人とコミュニケーションをはかるようになっていきます。
そんなコミュニケーションの中で、親がしてきたこと、親から言われたことがどういう意味を持つのか、実際に体験することで、その大切さを学んでいくのだと思うのです。
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心がこもっていないお礼をしても意味がない?
それでは、いずれ子供本人が様々な人とのかかわりあいの中で学んでいくのなら、幼少の時代に無理にお礼を言わなくてもいいのではないか。
いえ、それは違うと感じています。
私は無理にお礼を言わせている親です。
子供が言葉が話せるようになってからは、お礼を言わせるようにしてきました。
まだまだですが、子供は顔見知りの人には、お礼をほぼ言えているのは、私がことあるごとに子供に言ってきたからなのだと思うからです。
もちろん、そのお礼には気持ちはこもっていません。
なんか、挨拶でもするかのようなかるい「ありがとー」で早口で言ってしまうのです。
それでも、お礼を言ってもらった大人は、にっこり笑顔になり、自分の子供に次に会った時にもやさしく接してくれるようになります。
積極的に声もかけてくれるようになります。
自分がいない間の子供の様子を教えてくれるような時もあります。
気持ちがこもっていなくてもいいのです。
幼少の頃なら仕方がないと大人だってわかっています。
お礼を言うことが、子供本人の印象を確実に良くしているのです。
それは、子供がコミュニケーションが重要視される社会で幸せに生きていくためには必要なことなのです。
最初は、無理やりに言わされていた挨拶を繰り返し繰り返しすることによって、いつか親から言われなくても、たまたま挨拶することが出てくる時もあるでしょう。
その時に、子供自身が挨拶した方が気持ちがいいとみずからの体験で実感するようになれば、子供が挨拶の大切さを実感することになるのだと思います。
毎日の子育ての中で悩みは大なり小なり尽きないですよね。
また、こちらの記事で、あなたのお力になれそうな話題をアップさせて頂きたいと思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。